読売ジャイアンツ残念なドラフト1位!

読売ジャイアンツの歴代ドラフト1位入団選手には、栄光の巨人軍で活躍した。素晴らしい選手がたくさんおられますね。

 

松井秀喜選手。高橋由伸選手。上原浩治選手。阿部慎之助選手。坂本勇人選手。槙原寛巳選手。斎藤雅樹選手。桑田真澄選手。

 

超一流の凄い選手が、ほんとにたくさんおられますね!

ですが、今回はあまり活躍できなかった。

残念なドラフト1位選手を書かせて頂きます。

 

 

野間口貴彦選手 2004年 ドラフト1位

 

プロ野球入団前は、シダックスで野村克也監督から、

英才教育を受けて、都市対抗野球大会で速球を武器にエースとして活躍し準優勝に貢献されました。

また、IBAFワールドカップに出場し社会人ベストナインにも選ばれています。

 

野間口貴彦選手本人の口から、読売ジャイアンツに入団したい旨の発言があり、2004年ドラフト会議で自由獲得枠で入団されました。

契約金は、なんと最高標準額を大幅に超える7億円だったんですね!

しかし、成績の方は2005年から2008年まで先発として登板するも4年間でわずか11勝。

その後、2009年から2012年まで中継ぎとして登板しました。

2013年に肘を故障し、そのまま1軍で登板するこなく2015年に引退されました。

通算成績は、13勝12敗9ホールド1セーブと残念な結果でしたね。

 

 

辻内崇伸選手 2005年 ドラフト1位

 

大阪桐蔭高校のエースとして活躍し、夏の甲子園で

156キロ(スカウトのスピードガン)をマークし日本中の注目の的となりました。

また、1大会における通算奪三振で当時歴代2位の65を記録されました。(ちなみ1位は、坂東英二さんの83)

2005年のドラフト会議でオリックスバファローズと競合し読売ジャイアンツが指名権を獲得し入団されました。

 

しかし、プロ入り後は制球難と度重なる肘と肩の故障で、1軍での登板はなく2013年に引退されました。

悲運の選手でしたね。

 

 

藤村大介選手 2007年 (高校生) ドラフト1位

 

熊本工業高校で、2005年夏、2006年夏、2007年春に甲子園に出場し活躍されました。

2007年の高校生ドラフトで、読売ジャイアンツから一巡目指名を受け入団されました。

原監督からは、「同高校OBの緒方耕一を超えて欲しいと」

期待されました。

 

プロ入り後の成績は、2011年にレギュラーに定着し119試合出場し
28盗塁を記録し盗塁王を獲得されました。

50メートル5、8秒の俊足が武器のスピードスターでした。

守備位置は、セカンド、ショート、サードでプレーされました。

しかし2012年以降成績は、落ち込み一軍での出場が減っていき

2016年は、一軍での出場は、5試合となりました。

そして、2017年に引退されました。

プロでの通算成績は、294試合出場156安打49盗塁となりました。

 

少し残念な結果でしたね。しかし藤村大介選手は、小学生時代に書いた作文で、

「巨人にドラフト1位で入って盗塁王と本塁打王を獲ること」

と書いていたそうで、実際にプロでは、本塁打は、打てなかったですが、残りの2つの夢を叶えていますので良かったですね。

 

 

松本竜也選手 2011年 ドラフト1位

 

英明高校で「英明のランディジョンソン」と異名をとり

身長193センチから最速146キロのストレートとフォーク、カーブ、スライダーを武器し、コーナーいっぱいに投げ込む制球力を持っていました。

2011年のドラフトで、横浜ベイスターズと一位指名を競合し

読売ジャイアンツが交渉権を獲得し入団されました。

 

プロ入り後の成績は、2012年から2015年まで、一軍での出場はありませんでした。

2013年には、故障で2回の手術をされています。

2014年の2軍(イースタンリーグ)での成績は、16試合登板で

3勝10敗に終わっています。

 

そして2015年に松本竜也選手が、野球賭博に関与していたと発表されました。

日本野球機構より失格選手として公示され処分が、解除されない限りプロ野球界での活動が一切できない状態となっています。

最も残念なドラフト1位ですね。

 

大きな期待で読売ジャイアンツにドラフト1位で入団され、残念ながら結果を残せなかった選手。

活躍できるかどうかは、本当にわからないものですね。

今回は、以上とさせて頂きます。

 

 

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